あらすじと世界観

パラマウント映画が作り上げる、映画の形

マイレージ、マイライフという作品をどう捉えるか

解雇通告する主人公の仕事と人生について描いている同映画作品だが、中身は正直軽いものではない。解雇という二文字を見るだけで鳥肌が立つ、あの嫌な感覚を思い出すという人もいるかもしれない。仕事をしていると、いつ首を切られるか分かったものではないと思うが、そういう意味だと日本とアメリカでもまた状況は異なっている。勿論すべての人に当てはまるわけではないが、アメリカの労働市場は基本流動的であって、再就職先についてもそれほど苦労する事無く見つけられるという。もちろん色々な条件込みでだ、キャリアや経験などがあるかないかで就職先の選択肢が広がることも含めれば日本と変わらないかもしれないが、日本だと非正規雇用でさえ見つけられないという事態になることもある。

個人的な体験談だが、アルバイトを探すとなっただけでも以前勤めていたバイトを辞めてから次に仕事が見つかったのが半年後、もしくは1年後なんてことも筆者は経験している。それくらい日本もシビアになっているわけだが、雇用という意味では日本だろうと、アメリカだろうと自己都合による退職ではなく、解雇されるのでは質が違いすぎる。そういった点も含めればまだこの映画で描かれている主人公の仕事と、解雇される人々のその行く末を考えるとまだ楽に見られるだろう。

物語のあらすじ

色々と重たい話になるが、そんなマイレージ、マイライフという映画がどんなものなのかを紹介していこう。

生き方が問われるストーリー

年間322日、リストラ担当として出張するライアン・ビンガムのモットーには『バックパックに入らない人生の荷物は一切背負わない』というものだ。そして彼はその多忙振りからカードに溜まっているマイレージを1000万マイルにすることを生き甲斐にしていたため、忙しさに苦しいと感じる事無く、悠々自適な社会人をしていた。時には気軽な関係である同僚のアレックス・ゴーランと男女関係になっても、お互い縛られること無く自由な暮らしをしているだけで満足だった。すべてが満たされた生活だと思っていたらイアンに転機が訪れる、それは彼の仕事に新人として入社してきたナタリー・キーナーという女性が現れた。彼女曰く、将来的にはリストラをするにしても遠隔操作して簡略化し、出張を無くすべきだと提唱する。突然の新人の提案に自分の色々な目的が阻まれるだけでなく、リストラ対象候補に祀りあげられるとして、ライアンは彼女の意見に猛反発。上司に対しても異議を唱えると、実際にナタリーを教育することを一任され、出張して解雇するということがどれほどの者なのかをライアンはナタリーに教えていくのだった。そんな中でライアンにある案件が舞い込む、それは彼の妹が結婚するに際して妹と婚約者が映った看板を旅先で写真を撮ってきてほしいという、姉からの依頼だった。面倒きわまり無いと判断したらライアンだったが、ナタリーと各地を訪れながらもアレックスと逢瀬することを忘れない。あるふとしたきっかけでアレックスの存在を知ったナタリーがライアンとの関係を彼に尋ねると、気軽な関係という軽率な発言に反発を覚える。ナタリーに糾弾され、さらに妹の結婚式当日に花婿が逃げ出すという事態を収拾するに当たって、ライアンはこれまでの自分が生きてきた道から、初めて空っぽだった自分のバックパックに何かを詰め込みたいと思うようになるのだった。それがきっかけとなって、アレックスと本当の意味でパートナーになりたいと思い始めたライアンだったが、彼を待っていたのは残酷な真実だった。

実際に解雇された人達を役者として起用

解雇通告人というちょっと特殊な人間に焦点を絞った作品となっているわけだが、劇中では痛快すぎるほどに登場する人々が次々と解雇されていく。解雇される様子については色々思うところがある人も居るだろうが、一ついえるのは妙にリアルすぎる演技をしているということだ。演者さんの迫力満点すぎる演技力に感銘するかもしれないが、実は解雇される人々は役者を本職としているわけではないという。

実をいうと映画を撮影するに当たって、新聞広告に最近仕事を解雇された人をエキストラとして募集するということが行われており、迫真の演技をしている役者さんたちは素人なのだが演技をするに当たっては、解雇されたときの感情をぶちまけているのだ。だからこその鬼気しに勝る演技だと称することが出来るが、もし解雇したはずの会社員が全米公開の映画に出演して、解雇されたときの感情をぶちまけている姿を企業の人間が見たら、正直複雑なところではないだろうか。諸手を挙げて元社員なんですなどといえるはずもなく、じっと黙って時間が過ぎるのを待つしかないと感じていたところもあると思う。